所有しないわけにはいかない?

『ナワバリを持たない動物はいない』

 

以前にそんな事を聞いたことがあります。どんな動物でも自分の”イエ”を構えて、その領域は自分の思う通りにする。外敵が侵入してきたら相手を攻撃して追い払う、そんな習性があるようです。ウチとソト、味方と敵、その区分をしない動物はいないということでしょう。

 

最近、空き家や耕作放棄地の問題があります。親が亡くなったけど、住んでいた家を子供が使わないので、誰も住んでいない状態になったり、使わない農地が誰の管理も受けずに荒れてしまうことを言うそうです。

 

土地や建物は利用するからこそ、会計上の資産として捉えるべきであり、活用するつもりがない場合、非利用者にとって、そのようなものまで資産というのは心情的に受け入れづらいものではないでしょうか?

 

企業会計基準委員会 討議資料「財務会計の概念フレームワーク

4. 資産とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう(2)(3)。 

(2) ここでいう支配とは、所有権の有無にかかわらず、報告主体が経済的資源を利用し、そこから生み出される便益を享受できる状態をいう。経済的資源とは、キャッシュの獲得に貢献する便益の源泉をいい、実物財に限らず、金融資産及びそれらとの同等物を含む。経済資源は市場での処分可能性を有する場合もあれば、そうでない場合もある。

(3) 一般に、繰延費用と呼ばれてきたものでも、将来の便益が得られると期待できるのであれば、それは、資産の定義には必ずしも反していない。その資産計上がもし否定されるとしたら、資産の定義によるのではなく、認識・測定の要件または制約による。 

 

将来的なキャッシュ、つまりお金を得ることができる資源を資産とすれば、利用する見込みのない土地や建物まで、その人の所有物とみなされるのはつらいことかもしれません。

 

建物は日々、その価値が低下していきます。それを反映させるのが減価償却ですね。

 

(仕訳)

減価償却費 ×× / 減価償却資産 ××

 

土地は非償却資産、つまり償却計算を行いません。

ですが、固定資産税や管理費等は払わなくてはいけません。

 

所有することにより経済的に得るものがないのに、支払いのみが存在する。

それは結構、恐ろしいことではないでしょうか?

 

所有は多くの人の骨身に沁みて馴染んでいる”本能”かもしれませんが、

それによる生きづらさがあるような気がします。