”枠組み”をどうするかという話と自身の行為の影響が及ぶことについての話

家庭、学校、サークル、国や会社など、世の中には様々な組織の形態があります。どんな組織であっても人間に還元出来ると言えますが、参加している人間にとってどのような組織形態が望ましいでしょうか?

 

おそらく目的によって答えは異なるでしょうが、個々人の意欲を盛り上げたり、能力を発揮するといった、より個人に着目した視点で考えると、自身の考えを表明すること、そしてそれが何らかの形で実現することが大切なのでは?、そう思うときがあります。

 

自分の意思が組織に反映されない、影響力を行使することができない、一方、やるべきことを他人が決定して、それに従うしかない。志向するところと組織での役割が一致していないことは多々見受けられますが、それを許容できない時代に来ているように思います。

 

一言で言えば「主体性を持つ」、それだけですが、組織の規律と個人の思いとの乖離が大きくなるほどに、組織の維持が難しくなります。ですが、あまりにも個人の考えに影響されすぎると、それはそれで組織の運営上、不都合が生じることもあるかもしれません。

 

「困難は分割せよ」

 

有名な言葉で聞いたこともあるかもしれません。複雑な要因から成り立っているような状況でも、それを解決ができる単位に分けて、それぞれに有効な対策を講じなさいということですね。

 

私は、多くの人間が絡むほどに意思決定が難しくなっているように観察しています。どれほど大きな組織であっても、特定の問題に関与して解決を図る人間は数人程度に限定したほうが良いと考えています。

 

どんなに命題であっても、それを切り分けて小さな単位にしていけば、一つ一つはそれほど大変な問題でないような気がします。

 

個々人の意欲の話とどこが繋がるの?、と思ったかもしれませんが、参加する人間を限定すれば、少人数にすれば、個人の意志を反映しやすくなるかと思います。100人いれば、100人の意見を集約する必要がありますが、5人であれば5人の意見を集約して、それぞれの意見を何らかの形で反映することも難しくはないでしょう。

 

結局、意欲的に行動できるかどうかは、自分の影響を及ぼせるかどうか、それにかかっている気がしています。