どこまで前提を疑うか?

何かトラブルがあった場合、表面でみえる部分とは別のところに根本の問題があったりします。

 

「何故、このような事が起こったのか?」

 

それは日常の習慣であったり、問題とされていなかったことが実は陳腐化して時代にそぐわなくなっていたり、変化する状況を捉えられなかったりと様々な要因が考えられるでしょう。

 

でも、実際にそれらを省みることは自分も、周囲もそれほど多くない気がします。日々の忙しさに追われたり、問題を置き去りにしたり、とりあえずお茶を濁したり・・・それが人情ではありますが。

 

「どこまで深堀りして考えるか、変えるか?」

 

因果関係を考慮すること、目の前のことに向き合う、言うほどには簡単ではありません。

 

臭いものに蓋をする。気風としては多くのところで観察されるものです。変化は少しずつ進み、気づいたら自分が化石となっていた。そんな恐ろしさはあります。

 

何が本質的に重要なのか?、問題なのか?

どこかで落ち着いて考えることが必要ですし、みんなで話し合うことも大切ですね。